「木」にふれることで子どもが成長。親子で楽しむことから「木育(もくいく)」をはじめよう!
最終更新日:2023/06/03
2004年に北海道庁が主導した「木育プロジェクト」から提案された、新しい教育概念である「木育(もくいく)」。暮らしの中に木を取り入れて身近に感じながら、木の良さや森林の利用意義を学ぶ木育は、近年注目される「SDGs」の一端を担う概念として注目が高まり、全国へと広がりつつあります。
そこで今回は、東京おもちゃ美術館の副館長で木育推進事業部部長・星野太郎さんに、東京おもちゃ美術館の考える木育とは何か、そして、木や木のおもちゃの魅力や子どもが木にふれるメリットなどについて伺いました。
◆日本は世界第3位の森林大国
国土に占める森林の割合が約7割を占める日本は、フィンランド・スウェーデンに次ぐ世界第3位の森林大国。古来、日本人は「木」に慣れ親しんで暮らしてきました。
「ツゲの櫛」「キリの箪笥」「ヒノキの風呂」など、古くから親しまれている道具やモノには木の名前がついた物が数多くあります。また「法隆寺」は世界最古の木造建築として有名。身の回りの品から歴史的建築物まで、さまざまな部分に「木と共に暮らしてきた」日本人の生活文化が伺えます。またスギの学名は「クリプトメリアジャポニカ」といって、「隠された日本の宝」という意味なんだそう。こんなところにも日本人と「木」の深い結びつきを感じずにはいられませんね。
◆「木育」って何?
これほどまでに木に親しんできたにもかかわらず、そして現在も多くの森林資源を保有しているにも関わらず、実は日本の木材自給率は約40%ほどと低く、ここ数年改善され続けているものの、林業の衰退やそれに伴う森林の放置も問題となっています。
森林には土砂の流出・崩壊を防止したり、水の貯留・浄化や洪水の緩和といった働きがありますが、森林が放置されて植林と伐採のサイクルが機能しなくなると、森林を健全な状態に保つことができず、やがてそれは土砂崩れや洪水といった「自然災害」という形で、人々の生活を脅かすことに繋がります。
また、近年ではスギやヒノキによる花粉症に悩まされる人が増加しており、社会問題にもなりつつあります。これもまた、本来は木材として使用することを目的として植林された木が伐採されないまま、大量の花粉を発生させる樹齢にまで成長してしまったことが原因のひとつとされています。
森林が多い国土で生きる日本人は、それぞれの木の性質をうまく利用しながら共存してきました。気候変動やそれに伴う自然災害の増加と深刻化、そして世界的に叫ばれるSDGsの動きの中で、幼いころから木と親しむことで木との向き合い方を学ぶ「木育」に対する注目度は、年々高まりを見せています。
この「木育」にはいろいろな捉え方やアプローチの方法があると星野さんは言います。
「たとえば木のおもちゃで遊んだことがきっかけで木が好きになり、お弁当箱や机などで木の素材のものを選んだり、長く住むなら木の家がいいと考えるようになったりと、家族皆が木に興味関心を持つようになるのもひとつの方法ですね」
日々の暮らしの中に少しずつ木を取り入れながら、その背景にある環境や未来にも目を向ける。そんな小さなことから親子で木育に取り組んでみるのもいいかもしれませんね。
◆幼い頃から木にふれるメリットとは?
木を使った製品を手に取った時、どこか優しく温もりがあると感じるのではないでしょうか。「それは人間の本能的な部分や、その人が生きてきた背景に関係があるのかもしれません」と星野さんは言います。
木の種類によってその硬さや重さはさまざまで、においやさわり心地などによって五感を刺激してくれます。東京おもちゃ博物館には「おもちゃは子どもが生まれて初めて出会う芸術品である」という理念があり、木のおもちゃは「手のひらの上の森」と例えられているそう。家具やおもちゃなど、幼い頃から日常的に木にふれることは、たくさんの感覚を呼び起こすことにつながります。
「子どもが手にする木のおもちゃは、素材の性質上シンプルなものが多く、それだけに自由な発想を促します。頭の中で想像したものを創造していく力も育まれますし、感性も豊かになるのではないでしょうか」
たとえば木のおもちゃの代表格である「積み木」は、組み合わせることで平面や立体など様々な形を作ることができます。積み上げて家やお城に見立てることも、一つひとつをバラバラに配置して町に見立てることも自由自在。
「積み木で遊んでいるとき、子どもには目で見えた積み木の形のままには見えていなくて、もっと大きなもの、きれいなものを頭の中で思い描いているはず。それが自らモノをクリエイトする『発想力』に繋がっていくと思います」
このように創造力や表現力を磨くだけでなく、積み木を積み上げて遊べば空間認識力やバランス感覚、集中力を身につけることもできます。環境に対する取り組みや文化的な側面だけではなく、「木育」はこどもの成長にもプラスの影響をもたらしてくれるんですね。
◆まずは木のおもちゃを取り入れてみよう!
家庭で「木育」に取り組む第一歩としておすすめなのは「木のおもちゃ」を取り入れること。「といっても、すべてを木のおもちゃにする必要はありません」と星野さんは言います。
「いろいろなおもちゃを組み合わせて遊ぶことで、より想像力が働きます。木のおもちゃはデザインや遊び方もシンプルなので何にでも合わせやすいですし、楽しめると思いますよ」
そこで気になるのは、どんなおもちゃを選べばよいのかということ。積み木以外にも動かして楽しむもの、音の出るもの、パズルなど、さまざまな「木のおもちゃ」がありますが、星野さんによると、何より大切なのは「大人も一緒に遊びたいと思えるものを選ぶこと」なんだそう。
「一口に木のおもちゃと言っても千差万別。デザイナーさんたちが知恵を絞って、素晴らしいおもちゃを作ってくれています。『子どものおもちゃだから』という視点ではなく、『親も一緒に楽しく遊べるものを』という視点でおもちゃを選んでみると良いと思います」
おもちゃを「子どもを遊ばせておくためのもの」と考えるのではなく、親子が一緒に遊んでふれあえる「コミュニケーションツール」として捉えると、選び方に変化が出てくるかもしれません。普段のおもちゃにプラスして、シンプルでイマジネーションやクリエイティビティを刺激するような、そして大人も一緒に楽しめるような木のおもちゃを探してみてくださいね。
また、正しく使えばとても長い期間遊べるのも、木のおもちゃの魅力の一つ。遊び続けるうちにささくれが出ることもありますが、やすりで削るなど方法でメンテナンスが可能です。
水洗いができるプラスティック製品と比べると、汚れた場合はお湯で湿らせた布をかたく絞ってふき取るなど、衛生管理面では多少手間だと感じるかもしれません。ですが、使い込むほどに風合いが増してくる木のおもちゃは、きっと子どもたちの「特別」になってくれるはず。製品ごとに手入れ方法も変わりますので、取扱説明書を読み、正しく取り扱うようにしましょう。
◆大人もきっと夢中になる! 木の地域性やそこに根付く生活文化
日本人の生活文化に深くかかわっている木。秋田スギや北山スギ、木曽ヒノキなど地名のつく木があるように、地域それぞれに生息する木や、生活に根付く木の文化の多様性も「木」の面白さであり魅力だと星野さんは言います。
現在星野さんは、全国各地で、東京おもちゃ美術館の理念に賛同する自治体・企業などが設立する「姉妹おもちゃ美術館」の総合監修に携わっており、新たな美術館を作り上げていくうえでも、こうしたそれぞれの風土や地域の特徴を反映した空間づくりを特に大切にしているのだそう。
たとえば岩手県の「花巻おもちゃ美術館」では、広葉樹が多いという土地柄を考慮し、広葉樹を中心とした30種類以上の木材を使用。また、針葉樹のスギやヒノキが多く生息している徳島県にある「徳島木のおもちゃ美術館」では床にスギ材を使用し、ヒノキで作ったたまごがいっぱい入ったプールを設置しています。
岩手・静岡・長野・徳島・香川・高知・山口・福岡・沖縄の各地で、2023年までに全国に12館を展開する予定となっている姉妹おもちゃ美術館。地域ならでは植生を活かした木のぬくもりあふれる空間の中で「思い切り遊ぶ」ことで、自然や文化、魅力や特色を体感できる各地のおもちゃ美術館は、木育のスタートにももちろん、旅行やおでかけ先としてもおすすめの場所です。
テクノロジーが進歩した現代では科学的に木の性質を見極めることは可能ですが、それよりもはるか昔から日本人は木とともに生きてきました。水に強いヒノキを法隆寺に使うなど、当時の人々はそれぞれの素材が持つ強みを知り、活用してきたのでしょう。他にも調べてみると、日本人としての知恵を感じられることがたくさん見つかると思います。木がある
からこその文化やその歴史などをひも解くことで、さらなる地域の魅力、そして木の魅力が発見できるかもしれませんね。
木にふれることで子どもの感性や想像力などを育み、さらに自然環境に目を向け将来の持続可能な生活にまで興味関心を持つきっかけとなる「木育」。幼い頃から木に慣れ親しむことは、子どもの感性を磨くことはもちろん、これからの日本の未来にもつながります。SDGsの実現を目指すこの時代、ほんの少し日常生活に木を取り入れることから始められる「木育」は、今後さらに注目を集めそうです。
東京おもちゃ美術館
「おもちゃは人間が初めて出会うアート」という理念のもと、1984年に東京・中野にある芸術教育研究所(現・NPO法人芸術と遊びの創造協会)の付属施設として開館。2008年、地域住民からの誘致により、旧新宿区立四谷第四小学校に移転。おもちゃを「創る」「学ぶ」「楽しむ」ことのできる、多世代交流の体験型ミュージアムとして地域に根差した活動を行う。