ワーキングメモリって伸ばせるの?家庭でできる取り組みとは
最終更新日:2024/09/18
「ワーキングメモリ」とは、情報を一時的に頭の中に記憶したり、必要な時、目的に合わせて情報を取り出し考える働きのこと。読書や会話、学校や習い事で問題を解くときなど、様々なシーンで使われているワーキングメモリは、子どもの学習や日常生活に欠かせない能力であり、関心を持つ人も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、「一般社団法人ワーキングメモリ教育推進協会」に伺い、ワーキングメモリとはなにか、どんな個人差があるのか、そしてワーキングメモリを伸ばすために大事なことについてお話を伺いました。
◆ワーキングメモリとはどんなもの?
まず、「ワーキングメモリ」とは具体的にどのようなものなのでしょう。一言で言うと「情報を覚えながら、考える脳の働き」のことで、人間の知的能力の重要な一部であり、脳の前頭葉の活動を反映していると言われています。
「例えば、学校で『三角形』について学ぶ場合、子どもたちはまず「さんかくけい」という言葉を覚えながら、その形の特徴を考えます。3つの線が閉じている、3つの角があるなど、三角形の特徴を考え、その意味を理解します。このように、情報を記憶しながら同時に処理する働きがワーキングメモリです」
ワーキングメモリは学習するときだけでなく日常生活でも欠かせません。普段の会話では、相手の言ったことを記憶しつつ、自分の返答を考える必要がありますよね。買い物も、作ろうとする料理を思い浮かべ、それに必要な材料を考えながら揃えていきますし、実際の調理では、目的の料理を作るための手順を思い浮かべながら複数の作業を同時に行います。
ワーキングメモリは、学ぶ上でも生活する上でも必要となるため、その働きが弱かったり上手く働かないと、学習面や日常生活においてつまずきや困難が生じやすくなります。
ワーキングメモリは「脳の黒板」に例えられ、その容量や情報の処理能力には個人差があるのだそう。「ワーキングメモリの容量が低い=発達障害」といったイメージを持つ人もいるかもしれませんが、実際には多くの要因が絡んでおり、必ずしも発達障害に限った問題ではありません。
最近では、容量は十分にあるものの「うまく使いこなせていない」子どもも増えてきているのだとか。そのひとつの例として挙げられるのが、「行動・気持ちの切り替えがうまくできない」という場合です。
授業についていくためにはきちんと席について授業に集中しなければなりません。休み時間が終わって授業の時間になったら、「遊びたい」という気持ちを我慢し、「授業モード」に姿勢や気持ちを切り替えないと、ワーキングメモリは十分に働かないそうなんです。
色々な言葉を知っていたり、年齢相応に物事をこなせる力をもちながら、「遊びたい、話したい」という自分の気持ちが優先されてしまい、結果として、団体生活の中で問題視されたり、「ワーキングメモリが働いていない」と思われてしまう子も少なくないと言います。
◆ワーキングメモリが大きく発達するのは6~15歳ごろ
ワーキングメモリは特に6歳から15歳くらいまで急激に発達し、そのあと30歳くらいまでは緩やかに発達すると考えられています。ちょうど義務教育期間にあたるこの時期は、学校で学んだり友達と関わったりする中で、考えるための前提となる「知識」が増えていきます。「知識」が増えると一度に考えられることが増え、処理する速度も飛躍的に向上していきます。
「処理する速度が速くなっていくと、『もっと速くするには、もっと効率よくするには』という方法を考え始めます。たとえば年号を覚えるときに語呂合わせやイラストを添えて関連付けて覚えるなどといった形で記憶しやすくし、知識を増やすことでさらに考える量も増やしていくことができるんです」
ワーキングメモリを「伸ばす」うえでは、その土台となる知識をいかに増やしていくかということがとても重要なポイントになります。
「短期的に、飛躍的にワーキングメモリを伸ばすということは難しいです。ですが長期的に、物事を考える土台となる知識をしっかりと定着させていくことによって、ワーキングメモリを伸ばしていくための『手助け』をすることは可能だと思います」
◆「学びの個性」に合わせて「知る」ための手助けを
それでは、その「知識」はどのように頭の中に入れていけばよいのでしょうか。そのためには「学びの個性」と言われる、その子のワーキングメモリの特徴を知ることが大切になってきます。
「実は左右の脳で2つの情報を扱っています。大きく分けると『言語領域』と『視空間領域』の2つで、左側の言語領域は言葉や文章、数などの音声情報を取り扱います。一方、右側は視空間領域は位置や形、絵などのイメージ情報を取り扱います。この両方を使いながら学習をしていきます」
この言語領域と視空間領域、両方の働きの力が同じくらいの子もいれば、一方が他方より優れている子もいて、その特徴を知れば、どうしたら学びやすいのか、その子にあったやり方を考えることができると言います。
「たとえば、視空間領域が弱い子にとって、『図形を見て覚える』というのは難しいことなんです。そこで、三角形は『おにぎりの形』のように、少し言葉を添えてあげると、グッと理解がしやすくなるんですよ」
それでは、子どもがどんなことが「得意」で「苦手」なのか、普段の様子から見極めることは可能なのでしょうか?尋ねてみると「細かく見極めることは難しい」と前置きしつつ、以下のようなポイントを例として挙げて頂きました。
<言語領域(音声情報)が弱いと考えられる>
・言葉を覚えるのが遅い
・何度も聞き返してくる、指示などを直ぐに忘れる
・国語の読みのミスが多い
<視空間領域(イメージ情報)が弱いと考えられる>
・漢字を覚えるのが苦手
・いつまでも手を使って計算する
・ダンスなどで同じ動きをまねできない
・カタチや絵、模様などを描き写すのが苦手
上記はあくまで一例ですが、普段の学びや生活の様子を踏まえて、子どもの「得意」と「苦手」を把握し、得意なところを使って苦手なところを補ってあげる形で知識を入れていくことが大切だと言います。
例えば、音声情報が苦手と感じた場合は、音を目に見える形にしてみましょう。伝えたい内容をホワイトボードに図で描くとそれはイメージ情報になります。反対にイメージ情報を受け取るのが苦手な場合は、言葉で表現して伝えると効果的です。
たとえば「花」という漢字が覚えられない場合、漢字を分解して「サ」「イ」「ヒ」をいうカタカナを組み合わせると「花」という漢字になるという風に、カタカナの音の語呂あわせで覚え工夫をしてあげましょう。言葉と絵をセットにする、図形や言葉をセットにする、身近なものに例えるなどしながら学びをサポートできるといいですね。
「子どもの『できないところを何とか伸ばしたい』と思っている人は多いと思います。ですが、できないところばかりを指摘されれば子どもには大きなストレスがかかります。極度の緊張や自信のなさなどネガティブな感情を持ってしまうと、ワーキングメモリが働かなくなってしまうんです」
できないところが目についてしまうと、つい「なんでできないの?」と思ってしまったり、時には口に出してしまうこともあるかもしれません。でも「できないことに」着目して何とかできるようにするよりも、得意な部分をうまく利用しながら苦手な部分を底上げしていくほうが効果的なのだとか。ぜひ子どもが楽しく学べるように工夫してみてくださいね。
◆ワーキングメモリを伸ばすポイントは「使うこと」
ワーキングメモリは「使うこと」、そして「使う習慣を身につける」によってより発達が促されると言います。
「たとえば『読み聞かせ』は有効な取り組みのひとつです。『しりとり』や、『“あ”ではじまる言葉を言い合ってみよう』といった『言葉集め』、『かるた』などのアナログな遊びも効果的なんですよ。『すごろく』も、出た目の数だけ進むことができますので、“3”という数字に実際に3マスを数えながら進むという実体験が伴って、算数を学ぶ上でのよい土台になる遊びなんです」
他にも、じゃんけんをしてグーなら「グリコ」、パーなら「パイナップル」、チョキなら「チョコレート」の文字数と同じだけ進むという遊びも、読み書きの基盤となる「音韻認識」という能力を高めることに繋がるのだとか。昔ながらの遊びやアナログな遊びには、ワーキングメモリを伸ばしてくれる力があったんですね。
日常生活や普段のお手伝いの中でも、ちょっとした工夫で子どものワーキングメモリの働きを促すことができるといいます。例えば、さまざまなお菓子をボックスに入れておいて、「この中から好きなものを3つ取っていいよ」と促します。すると、「3」という音と具体物が一致しますので、これが数や算数について理解していくための基盤になります。
また、たとえば「冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注いでから、洗面所のタオルを持ってきて」のように、いくつかのお願いごとをします。それが上手にできたら、今度はタオルの色を指定するなどして情報を足していきます。こうしていくことで、「やることをどうしたら覚えられるか」を子ども自身で考え、工夫するようになります。
就学前に子どもが読み書きや計算ができるということは、親にとって安心材料にはなるかもしれません。ですが、読み書き・計算といった段階以前に、どれだけ数に触れさせるか、音を意識する遊びを経験できるかがワーキングメモリの働きにより大きな影響を与えるのではないか、と言います。
「これらの経験が不足してしまうと、入学後に困り事が増えてしまう可能性があるので、本格的な勉強が始まる前に、普段の生活や遊びを通して、楽しく数や音を体験させていくことが大切だと思います」
ワーキングメモリは、私たちの知的活動を支える重要な能力。その働きには個人差があり、子どもたちの学習や日常生活に多大な影響を与えます。大切なのは、できないところに焦点を当てるのではなく、得意な部分を生かしてサポートするということ。家庭でできる工夫を通じて、楽しく自然にワーキングメモリを伸ばしてあげたいですね。
プロフィール
一般社団法人ワーキングメモリ教育推進協会
ワーキングメモリの観点から幼児児童の学びの個性を見つけて伸ばすための支援やアドバイスを行う、幼児・児童の福祉と教育の向上に貢献することを目的とする協会。「学びの個性」がわかるワーキングメモリの検査HUCRoW(フクロウ)のアセスメントをはじめ、幼稚園・学校等の教育関係者、保護者、療育支援スクール等の関係者などを対象に、セミナー、勉強会、講演会、書籍の出版等を行っている。