「空間」が子どもの心を育む。「空間デザイン心理学®」を生活に取り入れよう!
最終更新日:2025/09/10
日常生活を送る「空間」について、じっくり考えたことはありますか?間取りや家具の配置など、何気なく過ごしている環境が、実は家族の関係や子どもの成長に影響しているかもしれません。
そこで注目したいのが、「空間が人に与える影響」に着目し、よりよい行動や感情を引き出す空間づくりを探る「空間デザイン心理学®」です。
今回は、一般社団法人空間デザイン心理学協会の代表理事・高原美由紀さんに、空間が子どもに与える心理的な影響や、リビング学習をはじめとする「集中できる環境づくり」「自然に会話が生まれる、家族がリラックスできる空間」などについてお話を伺いました。
◆空間デザイン心理学®ってどんな学問なの?
「空間」は、私たちが日常的にあまり意識していないところで、心や行動にさまざまな影響を与えています。「空間デザイン心理学®」は、心理学・脳科学・行動学などの知見をもとに、空間が人に与える影響を科学的に解明し、ネガティブな人への影響を減らしながら前向きな感情や望ましい行動を自然に引き出す空間をつくるための学問だと高原さんは言います。
「空間は、子どもにとって単なる生活の場ではなく、『第三の教育者』とも言える存在です」と高原さん。安心できる空間は、子どもの感情や行動に穏やかさや前向きさをもたらし、自然な学びや成長を後押しします。特に家庭内の家具の配置や間取りは、子どもの心理状態に深く関わってくるといいます。
「例えば、家族全員が自然に集まれる場所がなかったり、子ども部屋が孤立していたりすると、子どもは『愛されていない』『受け入れられていない』と感じてしまう可能性があります」
リビングに家族みんなで座れるソファや椅子、自由に安心して過ごせる“居場所”がないと、自然と家族が集まる習慣が生まれにくくなります。また、家族と顔を合わせずに自室へ向かえる動線では、コミュニケーションの機会が減ってしまいます。さらに、子ども部屋が地下や1階、リビングや親の部屋が2階や3階にある場合には、子どもは「自分だけが遠ざけられている」と感じてしまうこともあるのだとか。
こうした環境は、大人にとっては合理的な選択だったり、生活や仕事など都合によるやむを得ない結果である場合も少なくありません。たとえば在宅勤務や自宅で店舗などを営んでいる家庭では、動線や部屋の配置に機能性を優先するのは自然なことです。
しかし、子どもは物事を理屈ではなく「感性」で受け取ります。大人にとって機能的・合理的な間取りでも、子どもの目には「自分だけが遠ざけられている」と映ることも。
このように、空間の構成は子どもの気持ちや行動に影響を与える可能性があり、空間そのものが感情や行動の“スイッチ”となり得ると高原さんは言います。
◆子どもの気持ちや行動が変わる空間とは?
一方で、家具の配置や視線の通り方、家族の居場所の距離を少し工夫するだけで、子どもに安心感を与えたり、家族のつながりを自然に深めたりすることも可能です。「子どもが集中して勉強してほしい」「もっと自然に会話が生まれてほしい」…そんな願いも、空間の工夫次第で叶えられると高原さんは話します。
では実際に、空間はどのように子どもの気持ちや行動に影響するのでしょうか。まずポイントになるのが「家族間の距離」。たとえば、こんな具体例があります。
キッチン・ダイニング・リビングが一直線につながった細長い部屋。キッチンは部屋の端にあり、反対側の壁際にテレビが置かれ、子どもはその前で番組に夢中になっています。
母親はキッチンで夕食の準備をしていて、子どもとはかなりの距離があり、かつ、子どもは背を向けた状態です。そうすると、「ご飯できたよ」という子どもへの呼びかけも背中越しになり、自然と声が大きく、口調もきつくなりがちに。
「実は、人と人の距離が3.5mを超えるにつれて、声の届きにくさから語尾がきつくなっていくという傾向があるんですよ」
こうしたただの声かけも、距離と体の向きの影響で、子どもには「怒鳴られた」ように感じられてしまいます。高原さんは「母親は普通に話しているつもりでも、子どもは“いつも怒られている”と感じてしまっていたんです」と話します。
しかし、テレビや家具の位置を少し見直すだけで、この状況は大きく変わります。この家庭では、テレビを側面の壁際に移し、子どもがキッチンに背を向けないようソファを配置して、母と子の距離を3メートルに調整。すると、自然と会話が穏やかになったといいます。距離が近づき、お互いの「顔が見える」ことで表情も伝わり、誤解が減るのです。
距離だけでなく、ソファの置き方にもポイントがあります。人はお互いが視野60度以内にいると、「話しかけやすい」「話をちゃんと受け止めてくれる」と感じるため、体の向きを工夫することで、スムーズな会話が生まれやすい空気をつくることができます。
また、もうひとつ大切なのがリビングや食事の場の在り方。「家族全員が一緒に過ごせるスペースがあるかどうかは、思っている以上に大切なんですよ」と高原さん。
たとえ広い家でも、みんなで囲めるテーブルやソファがなければ、誰かが座る場所を遠慮したり、時間をずらしたりするようになります。こうした環境は、子どもにとって無意識の疎外感につながる可能性があります。さらに、各自が部屋にこもって食事をするような生活をしていると、心理的な孤立も生まれやすくなります。
家具の配置や部屋のレイアウトを見直すことは、家族間のコミュニケーションを育てる土台を整えるうえでとても大切。少しの工夫で、家の中は「安心して言葉を交わせる場所」へと変わっていきます。
遠すぎない距離感(3.5メートル以内)と、お互いの視線が視野60度以内で交わる関係性を意識した居場所づくりが、そのカギとなるのです。
◆シチュエーション別、子どもに適した空間づくりのアドバイス
・リビング学習をする際に適した場所の作り方
まず意識したいのは、視覚的な刺激を減らすことです。おもちゃやカラフルな雑貨など、目を引くものが視界に入っていると、どうしても気が散ってしまい、脳が“やるべきこと”に集中しにくくなります。特に、テレビやゲーム機のように動きのあるものは注意を奪いやすいため、できるだけ目に入らないようにしましょう。
簡易的な対策としては、100円ショップなどで手に入る3つ折りのスチレンボードをテーブル上に立て、視界をさえぎる仕切りを作るのも効果的。目に入る情報が減るだけで、集中力はぐっと上がります。
また、「子どもが親の存在を視界に入れられること」も大事なポイント。親の顔が見えることで、子どもは安心し、気持ちが安定します。学習スペースの配置は「親から見やすい場所」よりも「子どもから親が見やすい場所」であるかという視点を大事に、家具の向きや座る位置を工夫しましょう。
・家族がリラックスできるリビングの作り方
家族みんながくつろげるリビングには、安心感とつながりのバランスが必要です。まずは、全員が無理なく座れる席数を確保しましょう。ソファだけで足りなければ、座布団を追加し、ラグやマットなど柔らかい素材で床面を整えると床座も心地よくなります。
次に意識したいのが、座る位置と顔の向き。ソファやチェアの配置を工夫して、お互いの表情が見える角度にしましょう。前述の通り、人は視界に相手の顔が入っていると、自然と会話が生まれやすくなると言われています。視野60度以内を目安にすると、穏やかで心地よいコミュニケーションが生まれやすくなります。
もうひとつ大切なのが、プライバシーと一体感のバランスです。それぞれが別のことをしていても、「一緒に過ごしている」という感覚を持てることが「安心感」につながります。「なんとなくお互いの気配を感じられる」3~3.5メートルの距離感が、家族のつながりを支えてくれます。
・子どもが勉強に集中できる部屋づくり
子どもが学習に集中できる環境を整えるには、まず視覚的なノイズを最小限に抑えることが重要。カラフルな装飾やおもちゃ、ポスター類などは、目に入らない位置に片づけることが基本です。
注意したいのは学習机と本棚が一体化している家具。便利に見えますが、実は机の真正面の棚にカラフルな本や物を置いてしまうと集中力を削がれやすくなるのだとか。本棚は、机の横か目線より上に設置するのがおすすめ。机の真正面の棚には、観葉植物や賞状、親からの愛のあるメッセージなどを置くのもよいと高原さんは言います。
机の設置場所にも注意が必要です。たとえば出入口のすぐそばや、入口に背中を向ける位置にあると、「急に誰かが入ってくるのでは」「後ろから見られているのでは」という無意識の緊張感が生まれます。
こうした環境では、子どもは「勉強に集中する」以前に、「安心を得るために無意識にエネルギーを使ってしまう」状態に陥りがち。集中するには、まず心理的な安全が確保されていることが前提です。安心が確保されなければ、ケアレスミスにつながります。安心できない状態が続くと、「常に誰かに監視されている」という感覚が育ってしまい、無意識に周囲の目を気にし、失敗を恐れるようになり、学びに対する前向きな姿勢が弱まってしまうことも。
そのため、学習スペースは本人が“安心だ”と感じられる位置に配置することが大切です。たとえば、座ったときに、部屋の入口が見えることや、背後に壁がくることなどが安心感につながります。
また、椅子と机の高さや、部屋の温度・湿度にも配慮を。身体的に快適な環境であることも、集中力の維持には欠かせません。音に敏感な子どもは、リビングや兄弟と同室では集中するのがむずかしいものです。個室を設けられない場合はノイズキャンセリングのヘッドホンなどを活用するのも効果的です。
もうひとつ忘れてはならないのが、すべての子どもに同じ「正解」の環境があるわけではないということ。たとえ兄弟であっても、性格や感じ方、刺激への反応は異なります。それぞれの特性に合わせて柔軟に調整し、「その子にとって安心できる空間」を見つけていくことが、学びを支える第一歩です。
家具の配置や部屋のつくり方、家族それぞれの居場所や子どもとの距離感。普段、何気なく過ごしている空間ですが、子どもの感情や行動に静かに、けれど確実に影響を与えています。安心できる場所があることで、子どもは気持ちを落ち着け、自分らしく過ごす力を育てていきます。
家族が自然に顔を合わせられるように家具の向きを変える。子どもが落ち着いて学べる場所を一緒に見つける。そんな小さな工夫の積み重ねが、子どもの心の土台を育み、健やかな成長へとつながっていくんですね。
プロフィール
高原 美由紀さん
(一社)空間デザイン心理学協会・代表理事。空間デザイン歴30年、指導歴25年以上。累計1万件以上の間取り指導実績を持つ一級建築士。早稲田大学大学院、人間科学研究科修了。職業能力開発総合大学研修講師。心理学・脳科学・行動学・生態学など、多岐にわたる学問を取り入れ、空間をデザインする独自アプローチ「空間デザイン心理学®」を体系化。誰もが本当に幸せを感じられる空間を世界に広げることを使命に、空間づくりの考え方と方法を伝えている






