「漢方」で子どもの不調に寄り添う。親子のこころとからだを整えるヒント
最終更新日:2025/12/12
子育ては喜びが多い一方で、悩みや不安もつきものです。子どもの体調がすぐれないとき、心配しながらも原因が分からず戸惑うこともありますよね。特に「なんとなく元気がない」「寝つきが悪い」など、はっきりした理由の見えない不調は、親にとって悩ましいものです。
そんなときには、体全体のバランスを整えることが得意な「漢方薬」が助けになるかもしれません。今回は、漢方外来を開設し子どもから高齢者まで多くの患者に医師として関わってきた、一般社団法人・日本小児東洋医学会代表理事 山口英明先生にお話を伺いました。
◆子どもの「なんとなく不調」・・・どう向き合えばいい?
「朝、なかなか起きられない」「食欲がない」「気分が不安定」「頭が痛いと言うことが増えた」・・・病院に行くほどではないけれど、なんとなく元気がない子どもの様子に、どう対応すればいいか悩んだ経験のある方は多いのではないでしょうか。
東洋医学には「未病」という考え方があります。これは、体のさまざまな部分が相互に関係するという考えのもと、「今はまだ病気になっていないけれどもいずれ大きな症状がでるかもしれない状態」のことです。
そしてこの、「病になる前段階」のわずかな変化を見抜き、予防的に整えることを「未病を治す(みびょうをちす)」といいます。これは約2000年前の中国で著された「黄帝内経(こうていだいけい)」にある「本当に優れた医師は、病気になる前に治す」という言葉がその原点です。
昔の中国や日本では、子どもの多くが感染症などで命を落としていました。医療が限られていた当時は「まず体を丈夫にすること」が何よりの課題であり、病を防ぐことよりも「どう命をつなぐか」が大切でした。医療の恩恵を受けられるのは主に大切に育てられた裕福な家の子どもだったので、「子どもは野の草花のように、風に吹かれ、日を浴びて自然に育つもの」とアドバイスされていたそうです。
しかし、現代の子どもたちは昔とはまったく異なる環境で育っています。医学の進歩により、子どもたちの命を救う能力は劇的に改善。例えば、ワクチンの普及により予防医療が発展し、感染症による死亡率は大幅に低下しました。さらには公衆衛生の向上や冷暖房の効いた快適な住環境、十分な食事など、暮らしはかつての普通の子どもたちと比べれば大いに恵まれています。
その一方、都市部では子どもが自由に外で遊ぶことがしだいに難しくなり、遊びの場がオンラインやゲームなどの仮想空間に移り、核家族化で地域社会とのつながりが希薄になったことで、地域のサポートが受けにくくなり、さらには塾や習い事に追われる忙しい生活・・・と、子どもたちにとって体や心に負担をかける要素も少なくありません。
「現代の子どもたちは、物質的にはとても豊かな環境にありますが、自然の中で体を動かす時間が減り、気温や季節の変化を肌で感じる機会も少なくなりました。結果として、体のバランスを保つ力や、自然と調和して回復する力が弱くなっているように感じます」
病気という明確な症状が出ていなくても、心や体の「調子を崩している」状態・・・それが現代の子どもの抱える「未病」といえるかもしれません。
複雑化した生活環境の中で生まれる「なんとなくの不調」に対して、心と体の両面から整えていく総合的なケアが、現代ではますます大切になっています。
◆漢方薬って何? どんなことに役立つの?
「漢方薬とは、主に植物の根・葉・茎や鉱物などを乾燥させたり煎じたりした“生薬(しょうやく)”を、症状や体質に合わせて組み合わせたものです。これらの考え方や使い方を含めて『漢方』と呼びます」
漢方の基本が確立されたのは約2000年前の中国ですが、その方法が随時日本に伝わり改良されてきました。日本でも明治時代までは漢方が正式医学だったため、あらゆる病気に漢方で対応していました。
西洋医学では、病気の原因を特定し、その原因に直接働きかける薬を使うのが基本です。たとえば細菌感染には抗菌薬、炎症には抗炎症薬といったように、病態にあわせた成分が含まれる薬で明確な効果を狙います。
一方、自然物に由来する漢方薬は数多くの物質を含んでおり、体全体を調節し整えることが得意とされています。そのため、検査をしても原因がはっきりしない「なんとなく不調」や、複数の軽い症状が重なっているようなときにも力を発揮します。
近年では、漢方を「西洋医学の代わり」ではなく「お互いを補完し合うパートナー」として取り入れる医療機関も増えつつあります。
「漢方薬は万能薬ではありません。しかし体質や症状に合わせて使うことで、回復のサポートになることがあります。自己判断せず、専門家に相談しながら取り入れてほしいですね」と山口先生は話します。
◆子どもの症状に活用できる漢方薬
それでは実際、漢方薬は子どものどのような症状に対応できるのでしょうか。「子どもに対する漢方薬の作用は実に多彩です」と山口先生は話します。
・感染免疫調節作用(風邪、嘔吐下痢症など)
・情緒安定作用(癇癪・イライラ、不安、怯え、チック、夜泣きなど)
・消化機能改善作用(食が細い、下痢・便秘がち、繰り返す腹痛など)
・呼吸・発汗機能改善作用(咳が止まらない、ゼイゼイしやすい、寝汗が多いなど)
・成長・発育補助作用(体力不足など)
・水分代謝調節作用(浮腫み、だるさ、立ちくらみ、車酔いなど)
・微小循環改善作用(思春期女子の月経関連症状など)
この中から2つの作用に注目して、どのような漢方薬があるか伺いました。
<消化機能を整える作用>
子どもが成長するためには膨大なエネルギーと栄養が必要ですが、その一方、子どもの胃腸はまだ発達の途中のため、食欲のムラやお腹の不調が起きやすいもの。そんなとき、小建中湯(しょうけんちゅうとう)、黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)、六君子湯(りっくんしとう)といった漢方薬は胃腸の働きを助け、体力を補ってくれます。
<情緒を安定させる作用>
感情の起伏が激しい、夜泣きが続く、不安が強い・・・そんなときにも漢方が助けに。大人に比べて子どもの精神はとても敏感。心身のバランスを整える漢方は、気持ちの安定にも効果的です。
「怯えや不安が強いときには甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)や柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)、癇癪やイライラが目立つときには抑肝散(よくかんさん)や大柴胡湯(だいさいことう)などが用いられることがあります。これらはひどい夜泣きにも使用できます」
◆漢方は親子関係の助けにも
さて、ここまでは子どもの不調についてお伝えしてきましたが、子どもの健康な暮らしと成長の土台を考えるうえで「親の心と体の健康」も無視することはできません。親が疲れていたり、気持ちに余裕がなかったりすると、子どもの不調にも敏感に反応してしまうものです。
子どもの不調は、家族全体の緊張や不安にもつながります。その不安が重なることで、気づかないうちに親子関係がぎくしゃくしてしまうことも。だからこそ、子どもだけでなく、親自身の心身のバランスを整えることも大切です。
「子どもの不調で親も辛い場合には、親子がそれぞれに合った漢方薬を一緒に服用することで、お互いが楽になることがあります」
たとえば、子どもの癇癪がひどく、親もイライラしてしまうときには抑肝散(よくかんさん)。母親の生理不調が重なっている場合には、それに適した漢方薬を服用するなど、状況に応じて親子で漢方薬を取り入れることで、体調だけでなく親子関係の改善も期待できるように。こうした方法があると知っているだけでも、いざというときに頼れる安心感が生まれますよね。
「漢方で『こんなに楽になるんだ!』と実感できると自然と勇気が湧きます。親が『なんとかなるかもしれない』と思えるようになることは、子どものためにも大切なことですよね」
漢方薬が「うちの子にも合うかも」と感じた方は、まず漢方に詳しい医師に相談してみましょう。「日本小児東洋医学会の会員や、小児科・漢方外来を設けている医療機関など、漢方を学び経験を積んだ先生方は、子どもの扱いにも理解があります」と山口先生は言います。
またインターネットで「小児科 漢方外来」などと検索し、ホームページで対応しているか確認してみるのも良いでしょう。自己判断で市販薬を試したり、「漢方なら安心」と思い込んだりせず、必ず専門家の助言を受けながら進めていくことが大切です。
現代は大人も子どもも、何かと緊張や不安を抱えて生活しています。子どもと向き合うときには、「大切に思う気持ち」や「理解しようとする姿勢」を忘れずに。できるだけ安全で穏やかな環境を整え、外で体を動かす時間をつくることも、心と体の安定につながります。
そして、心身の不調が長く続くと、子どもも親も追い詰められやすくなります。そんな時は一人で抱え込まず、ぜひ公的な医療機関や専門家、子育て支援センターなどの支援を受けてほしいと山口先生は言います。
「助けを求めることは“弱さ”ではありません。むしろ、子どもと自分のための賢明な選択と言えます。早めに相談することが問題解決の鍵になりますから、ぜひ周囲に助けを求めてくださいね」
「漢方には心身のさまざまな困った症状に対応する柔軟性があります。心身のバランスを整え、子どもや家族のトラブルを未然に防ぐ・・・それが、現代における『未病を治す』ことかもしれません」と山口先生は話します。
子どもの不調が続いているとき、「様子を見よう」と我慢をする前に、漢方薬の助けを借りるという選択肢を思い出してみてください。今感じているつらさを少しでも和らげることができれば、子どもに、そして家族にも笑顔が戻るはず。無理をせず、心と体の声に耳を傾けながら、親子で穏やかに過ごせる日々を取り戻していきましょう。

プロフィール
山口 英明先生
一般社団法人・日本小児東洋医学会代表理事。
取材協力
一般社団法人・日本小児東洋医学会
公益社団法人日本小児科学会の分科会として、小児東洋医学の学術振興と普及を通じて小児医療の発展に寄与。学会誌の発刊や学術集会、市民公開講座、セミナーの開催を通じ、医療従事者と市民双方への情報発信・交流を促進し、子どもたちが東洋医学の恩恵を受けられる社会を目指す。





